2019年04月30日

最期に月は笑って紅茶を飲み干した。


「あなた、近頃、わたくしのこと見ていないでしょう?」

何を仰いますか。

昨日だって素敵なワッペンのついたシャツを似合っていますと誉めたではありませんか。まだ、私から賞賛の目を向けられたという思い出の証が欲しいのか、私にはさっぱりわかりませんよ。

こんなこと言ったら、あの鋭く美しい瞳に殺されそうですね。最近手に入れた、鉄のカップを磨いたふりでもしていましょう。


「あなたは最近、先光を貫くような言葉を言ってくれないわよね?」

嘘おっしゃいな。

真っ直ぐな言葉ほどあなたは耳を閉じてしまうではありませんか。誰ですか、わざわざ聞き入れてくれない言葉に時間と心を割くような気迷い人は。あんな酷い配役は担いませんよ。

こんな考えもしも知れたら、いつしか夜の獣すら逃げ出した叫び声で威圧されてしまうでしょうから。黙々と次のカップも磨いてきましょう。


「どうすれば、あなたの磨いたカップでお茶を飲めるの?」

馬鹿を言うんじゃない。

あなたはもっと美しい銀食器で紅茶を飲み干していればいい。好き好んでススだらけの鉄のカップなんて口にしなくていい。飲んだところで、せいぜい鉄錆だらけのお茶を飲んでお腹を壊すだけ。

命懸けでこんなお茶を呑むあなたを、何が楽しくて見ていなきゃいけないのか。この思いが知られる前に、この場から退散を…


「このカップでお茶を飲めばあなたは振り向いてくれるのだろうか?」

「カップから手を離すんだ!!壊れたいのか!」

わたし用に入れた紅茶カップを、彼女の手から勢いよく取りあげた。

濾過の水に慣れた王族連中が、飲み慣れて良いものじゃ無い。いつもあなたには何倍もこして、何回も沸騰させて、安全な陶器のカップでテーブルに置いているのだ。

あなたを励ます言葉も、あなたを賞賛する声も、あなたの美しい瞳もすら、私は受け取ったそのまま表現も体現していない。

いまのあなたが壊れないのは、壊れない程度に浄化して、全てを差し出しているからだ。


「最もわたくしの欲するものが、このお茶にはある気がする」

「種明かしをしよう。まだ、あなたは獣となる自分を鏡ですら直視できてない」

「あなたの瞳に映る獣の自分なら、良いということ?」

「そうだ。私は強制浄化能力がある。あなたは私の瞳を通さないと、まだ獣の自分を受け入れることはできないんだよ」

「無意識に、己に宿る獣の血眼を避けていたということ、か」

「いいかい、よく聞いて。 見つめ合わずとも、語り合ずとも、私達は十分繋がっている」

「あなたと同じものが見たい、同じものを飲み干したい、同じ紅茶を注ぎたい」

「どうしたんだい、急に。私の瞳にあなたが映るだけで、あなたは美しくなれるのでしょう?」


いいえと首を振ると、彼女は震える手で濾過していない熱い紅茶を、自らの手のひらに掬って飲んで見せた。

大胆不敵、なのに鳥のように口をすぼめて飲む仕草は丁寧で繊細。

私は新しい美しさに思わず目を奪われて、その場で固まって彼女を制止することはできなかった。


彼女の震えはガクガクと大きくなり、その場に崩れた。だから言ったのに、言霊が喉元まで出かけた。

「だから言ったのにと、思ったの?」


その通りだ大バカ者と言いそうになったけど、ようやく前足が動いてくれて彼女の元に駆け寄れた。

「大バカ者だとあなたの瞳が言っていた」


どうしてわかるんだろうと聴きたくなったけど、近場から冷たい水を汲んで、少し火傷した手のひらに当ててあげた。

「なぜ、わかるのかと?それは、同じお茶の熱さを感じたからだ。あなたを解るのが、こんなに嬉しいのかと自分でも驚いている」


地面にうな垂れて這い蹲りそうな勢いの頭を謙虚に下げる王宮の誇り高いアイドル。

「すまなかった、あなたばかりにわたくしを知ってもらおうとして。わたくしからあなたを知ろうとしなかった。すまなかった、すまなかった」


私は随分過小評価していたようだ。

王族だって知らない世界を肌で感じたいはず。そして好奇心のために体だって張って行けるはず。

彼女の勇気と謙虚さに敬意を称して、私はついに言いたくなかった言葉で宣言した。


「一緒に濁ったお茶を飲み、あなたが倒れたのなら、私は最後そのときまで瞳から離さない。あなたが己の怖い姿を受け入れようとできたのなら、あなたが苦しむ姿も私の瞳に受け入れよう」

ようやく、彼女は謝罪をやめて、ありがとうと一言いい残すとその場に崩れた。


さぁて、命の危険はないものの、私の仕事は増えたわけで。

お茶の溢れた床をふき取ったり、お茶で濡れたドレスを着せ変えさせたり、重たくて愛おしい面白い彼女をソファまで運ばないと。

新月の月夜は笑っているだろうか、こんなおかしなお茶会を。

posted by ユーリー at 22:58 | 誇り高く美しい瞳